令和8年熊本地震で被災した八代市の「みずほ保育園」(八代市日奈久)が、発災直後から地域住民を受け入れ、避難場所として園舎を開放した。届いた支援物資を近隣の保育園や福祉施設、高齢者施設などにも配布し、地域の支援拠点としての役割も担っている。
地震発生時、園長の開田寿史さんは学童の引率で園を離れていた。園にいた職員と電話で連絡を取りながら状況を確認し、園児を近くの施設へ移動させ、保護者に迎えを依頼したという。開田さんは「泣く子どもたちに、職員が『大丈夫、大丈夫』と何度も声をかけながら対応していた。職員自身も怖かったと思うが、必死に子どもたちを守ってくれた」と振り返る。
開田さんが園に戻ると、隣接する家屋が全壊し、園内ではピアノや棚が倒れ、食器やガラスなどが割れて散乱していた。園も被災する中、開田さんらは住民の避難受け入れに向け、ポータブル電源や飲料水、マットなどを準備した。同園では、10年前の地震でも近隣住民約120人を受け入れた。当時、町内から指定避難所まで2キロ弱あり、高齢者などが歩いて避難することは難しいと考え、園を開放したという。今回も約20人が避難。家が傾いた人や余震を不安に感じる人、1人で夜を過ごすことに不安を感じる人などが訪れたという。
支援物資の配布を始めたきっかけは、主任の城下歌子さんが、友人の防災士・徳山理恵さんから「支援物資を届けたい」と連絡を受けたことだった。自分たちだけで使うのではなく、必要としている人にも届けたいと考え、園の保護者のほか、近隣の保育園、福祉施設、高齢者施設などへ支援物資を配布。断水が続く施設では、紙類や衛生用品、日用品などが特に役立ったという。開田さんは「『助かった』『ありがたい』という声を聞き、必要な所へ物資をつなぐことの大切さを感じた。ご縁があって届いた物資を必要としている人へ届けることで、支援の輪を広げることができた」と話す。
開田さんは「前回の震災からまだ10年しかたっていないのに、こんなに早く次の地震が来るのかと思った。これまで想定していなかったことが次々と起き、不安もあった。それでも『こぎゃんときだけん、できることばせんばん(こんな時だから、できることをしなくては)』と自分に言い聞かせてきた。地域の一員として、これからもできることを続けていきたい」と話す。